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Highlighting JAPAN

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特集一人一人が一人一人を幸せにする国際協力

人間の安全保障(仮訳)

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近年、人間の安全保障が国際社会でクローズアップされている。その背景と日本が関わっている活動について、国際社会における、人間の安全保障の概念の形成に尽力してきた緒方貞子国際協力機構(JICA)理事長にジャパンジャーナルの澤地治が聞く。

──近年、なぜ人間の安全保障は国際社会でクローズアップされるようになってきたのでしょうか。

緒方貞子理事長:私が国連難民高等弁務官を務めた1990年代は、東西の冷戦が終わり、旧ソ連邦や旧ユーゴスラビアなどの連邦国家の崩壊によって、各地で地域紛争が勃発し、大量の難民が国境を越えて他国に逃れていました。本来であれば自国の人びとを守るべき政府が紛争によって機能しない。しかも、難民が流入した国には、自国民ではないこれらの人々を保護する義務はありません。難民の人たちは誰からも保護を受けられないのです。こうした状況の中、人々の安全にとっては、従来のように国家中心の考え方だけでは十分ではなく、個々の人間を中心とした視点がより必要なのではないかという意見が次第に広まっていったのです。

──緒方理事長が共同議長を務められていた、人間の安全保障委員会設立の経緯をお教えください。

2001年、コフィ・アナン国連事務総長(当時)が、森喜朗首相(当時)を訪ねました。軍事的紛争からの自由である「恐怖からの自由」、貧困や感染症などからの自由である「欠乏からの自由」を実現したいと考え、非軍事的な国際協力で実績のあった日本に協力を仰いだのです。人間の安全保障を具体的な政策目標として実現したいと考えていた森首相がこれに応じ、この二人の発案で人間の安全保障委員会が設置されました。

人間の安全保障委員会は2003年に委員会としての最終報告書を発表しています。この中で人間の安全保障を実現するための具体的な方法について、大きく二つのことを上げています。一つは、国家は人々を保護する責任を負っており、人々の生存・生活・尊厳を考えた政策を行い、その強化をしなければならないということです。具体的には、様々な法律、行政、制度の取り決めなどがこれに当たります。

しかし、これだけでは、人々の安全を達成することはできません。もう一つ必要なのは、人々の能力強化(エンパワーメント)です。つまり、人々が自らの力で、何が必要なのかを考え、そして行動する能力を強化することです。報告書では、この二つが相まって、人間の安全保障が実現できると指摘しています。

──人間の安全保障の概念によって、日本の政府開発援助(ODA)はどのように変わったのでしょうか。

私は2003年にODAの実施機関であるJICAの理事長に就任しました。日本政府は同年に政府開発援助大綱の改定をし、その際に「人間の安全保障」の視点をODAに取り入れることを大綱に明記しました。これを受けてJICAでは、実施しているプロジェクトを人間の安全保障の考え方に基づいて洗い直しました。

まず、JICAでは、どういった援助が必要かを被援助国政府とより綿密に話し合いながら支援プログラムをまとめ、それを実行するという方式を強化することにしたのです。さらにそれまでは、子供の教育のために学校を作る、病気の人を助けるために病院を作るなど、それぞれ個別の目的に対する援助や開発を行ってきましたが、人間の安全保障の観点を取り入れることで、「この人の生活を包括的に向上させるためにはどうすればいいか」という視点で多面的な支援を実行するように変えていきました。

──人間の安全保障の考え方に基づいた、最近のJICAの支援事例をお教え下さい。

例えば、アフリカのコンゴ民主共和国では長年にわたって内戦状態が続き、多くの人々が暴力、貧困に苦しめられてきました。コンゴでは現在、国連PKOが展開し治安の維持を図っていますが、いつかは部隊も撤退します。人々は自分たちの力で安全を維持していかなければならないのです。このため、JICAは国連と協力して、2004年から警察官を対象にした研修を行っています。これは、警察官を対象に、市民を守るための警察官の役割、警察官のモラル、人権を尊重した警察活動などに関して再教育する研修です。これまでに、1万7千人を超える警察官が研修を受講しました。

この地域では、国連人間の安全保障基金を通じて、小学校のリフォームや建設、感染症予防活動なども行われています。こうしたいくつかのアプローチを組み合わせることによって、人間の安全保障の実現を目指しているのです。

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